パーソナリティ障害総論

精神科

パーソナリティ障害

パーソナリティ(人格)の生まれつきの部分を「気質」と言い、「気質」はパーソナリティの基礎をなす先天性の特性であると言える。

パーソナリティ障害は「パーソナリティの障害」を意味しているわけではないことに注意する。「パーソナリティの障害」という意味で用いた場合、パーソナリティ障害の患者に対する侮辱となったり周囲の人間に偏見を植え付けることになりかねない。

「気質」というのは先天的なものなので、「気質」が基礎をなして構成されるパーソナリティ(人格)自体は数十年と時間が経過してもほとんど変化しない。しかし、パーソナリティ障害は治療によって数年の経過で改善することが幾つもの研究で明らかにされている。

パーソナリティ障害は患者自身の認知・感情のコントロール・対人関係・自己像が歪んでしまうことで「患者本人が重大な苦痛を感じていたり周囲が困ったりする場合」に診断される。パーソナリティ障害の患者と関わるとパーソナリティ障害のタイプにもよるが、通常の人間関係では起こりえない事象が生じるので、この事象によって患者自身と患者と関わる人間の生活に影響が出てしまう。このような場合には「性格の偏り」としてではなく病気、すなわちパーソナリティ障害として診断するべきである。

パーソナリティ障害の患者は精神発達上の問題によって全体対象関係が優勢とならずに部分対象関係が色濃く残ってしまっている。そのために例えば「味方」となってくれている人間をしばしば「敵」と感じてしまうような認知の歪みが起こる。これは「味方」になろうと考えている人間が患者に対して極めて思いやりのある良心的なアドバイスをしたとしても、患者は認知の歪みによってそれを「攻撃してきた」と感じてしまうからである。

他には内的世界の自己不全感などを代償しようとして自信を装ったり強気に振る舞ってしまう。これは自己不全感によって生じる自分の非を責めると「抑うつポジション」に陥ってしまうので、「抑うつポジション」に陥らないように自分を守ろうとする「躁的防衛」を過剰に発達させているのである。

パーソナリティ障害の患者は認知が歪んでいる自身の思考と行動に問題があると気づけず、思考と行動パターンを変えることができない。そのため、パーソナリティ障害の患者に歪みを自覚させることが極めて重要となる。

パーソナリティ障害は10種類あり、それぞれのパーソナリティ障害はDSM-5に記載された診断基準に基づいて診断される。患者の日常生活を実際に見ていない医師にとってパーソナリティ障害の診断は難しいので診断には時間がかかり、患者との治療関係を築いていく中で少しずつ本質の問題が見えてくる。また、患者の日常生活における行動を把握するために患者の友人や家族から話を聞くことがある。

医師ではない一般人はパーソナリティ障害を理解できず「性格の偏り」としてしか捉えないので、パーソナリティ障害の患者やパーソナリティ障害の患者と関わる人間の行動は周囲に理解されないことが多い。

幾つかのタイプのパーソナリティ障害が合併する可能性があることやパーソナリティ障害に見えるようでも実際にはパーソナリティ障害ではないことも多々あることに注意する。

104G12:正しいのはどれか。2つ選べ。

出典:第104回医師国家試験問題

厚生労働省:第104回医師国家試験の問題および正答について
  1. 上行性網様体賦活系は大脳に存在する。
  2. Broca野は感覚性言語野として機能する。
  3. 記憶の形成には側頭葉内側が深く関わる。
  4. パーソナリティの基礎をなす先天性の特性を気質という。
  5. 知能指数は生活年齢を精神年齢で除し、100を掛けたものである。

解答:3,4

解説:1.← 上行性網様体賦活系は脳幹網様体賦活系とも呼ばれ、「体の各部からの感覚神経→脳幹網様体→視床→大脳皮質」という経路で大脳皮質を絶えず刺激することで覚醒状態を維持・調節する機構を指す。よって、 上行性網様体賦活系は大脳に存在するわけではない。

   2.←Broca野は運動性言語中枢とも呼ばれ、前頭葉にあり運動性言語野として機能する。ごく単純に言えば、喉・舌・唇などを動かして言語を発する役目を担っている。Broca野が損傷を受けるとBroca失語となり、聴いて理解する能力は比較的良い(聴覚的理解障害の程度は低い)が、話す時は努力を要し文法的に複雑な文章を作り出すことが不可能になる。

側頭葉の上側頭回には感覚性言語中枢(聴覚性言語中枢)とも呼ばれるWernicke野がある。Wernicke野が損傷を受けるとWernicke失語=感覚性失語となる。聴覚的理解障害(相手の話を聞いて理解することの障害)がWernicke失語の中核症状であり、人の言ったことを真似して言うことは極めて困難になる。

   3.←側頭葉の内側部に位置する海馬(Hippocampus)はエピソード記憶等の顕在性記憶の形成に不可欠な皮質部位である。

   4.← パーソナリティ(人格)の生まれつきの部分を「気質」と言い、「気質」はパーソナリティの基礎をなす先天性の特性であると言える。

   5.← 知能指数は精神年齢を生活年齢で除し、100を掛けたものである。

境界性パーソナリティ障害

境界性パーソナリティ障害の患者はネグレクトを受けたなどの不安定な養育環境で育ち、安定した愛着を形成できなかった人が多い。

患者は一人でいると生きれないほど空っぽで無力で無価値であるという慢性的な空虚感を抱えている。反復的な自殺行動・自殺の脅し・自傷行為を行うことがある。

白か黒かという思考法を持ち、相手を理想化すると思えば幻滅するなどして感情の起伏が激しい。

周囲の人間を振り回して疲弊させて結果的に自分から遠ざけてしまう「試し行動」はパーソナリティ障害全般によく見られるものだが、境界性パーソナリティ障害の患者は特に激しいとされる。

「試し行動」をして相手の反応を見ることで自分の価値を確認するのである。

115D28:25歳の女性.異性関係や職場の人間関係のトラブルがあるたびにリストカットを繰り返すため、母親に伴われて精神科を受診した.本人はイライラ感と不眠の治療のために来院したという.最近まで勤めていた職場は、複数の男性同僚と性的関係をもっていたことが明らかとなり、居づらくなって退職した.親しい友人や元上司に深夜に何度も電話をかけるなどの行動があり、それを注意されると,怒鳴り散らす、相手を罵倒するなどの過激な反応がみられた.相手があきれて疎遠になると、SNSで自殺をほのめかし、自ら救急車を呼ぶなどした.一方、機嫌がよいと好意を持っている相手にプレゼントしたり、親密なメールを何度も出したりするなど感情の起伏が激しい.
この患者にみられることが予想される特徴はどれか.

出典:第115回医師国家試験問題

第115回医師国家試験問題および正答について|厚生労働省
第115回医師国家試験問題および正答について紹介しています。
  1. 繰り返し嘘をつく.
  2. 第六感やジンクスにこだわる.
  3. 慢性的な空虚感を抱えている.
  4. 完全癖のため物事を終了できない.
  5. 自分が注目の的になっていることを求める.

解答:3.慢性的な空虚感を抱えている.

解説:この問題は境界性パーソナリティ障害の典型例をもとに作られているので、境界性パーソナリティ障害を理解するためには良い問題である。「メンヘラ問題」とネット上で話題になった問題であるが「メンヘラ」はネット用語であり精神医学用語ではなく、将来医師になる医学生は「メンヘラ」で終わらせることはできない。

1.←「繰り返し嘘をつく」かもしれないが、パーソナリティ障害の患者全般が比較的「繰り返し嘘をつく」傾向にあるので特徴とはいえない。特徴とは「他と比べて特に目立つ点」のことである。

2.←統合失調型障害(統合失調型パーソナリティ障害)の症状である。統合失調型障害は統合失調症に似た奇異な行動・思考が見られる障害であるが統合失調症特有の異常はなく、統合失調症とは関係ない。統合失調型障害の患者は魔術的思考・テレパシー・第六感・ジンクスなどを信じる。カルトやオカルトに熱中することがある。

3.←「慢性的な空虚感を抱えている」のが境界性パーソナリティ障害の患者の特徴である。「慢性的な空虚感」が核となって様々な問題行動を起こしてしまう。

4.←「完全癖のため物事を終了できない」は強迫性パーソナリティ障害の患者の特徴である。秩序や完璧性にとらわれるあまりに柔軟性や開放性や効率性が損なわれてしまう。強迫性障害と似ているように思えるが、強迫性パーソナリティ障害の患者の診断には強迫観念・強迫行為が必要ないので、強迫性障害と強迫性パーソナリティ障害は別の障害である。

5.←「自分が注目の的となっていることを求める」は演技性パーソナリティ障害の患者の特徴である。広い範囲の対人関係において注意を集めようとする。無意識のうちに他人との関係で役柄(犠牲者やお姫様など)を決めて演じてしまう。

境界性パーソナリティ障害の患者の行動も「注意を引く」ものであるが、それは特定の人間の「注意を引く」ものである。境界性パーソナリティ障害の患者は自分を無価値だと考えていて常に慢性的な空虚感を抱えている。無価値な自分が一人でいたらその空虚感に耐えられなくなる。そのため、世話をしてくれる人間に対して離さないようにしがみつく。「見捨てられ不安」を抱いた場合に世話をしてくれる人間を必死で引き留めようとして「注意を引く」行動をとるのであって、見捨てられる不安がなければ「注意を引く」行動をとることはないし、世話をしてくれる人間以外の広い範囲の対人関係において「自分が注目の的となっていることを求めている」わけではない。

自己愛性パーソナリティ障害

自己愛とは「自分に対する肯定的感覚、さらにその感覚を維持したい欲求」である。

自己愛には「誇大型自己愛」と「潜在型自己愛」がある。

「誇大型自己愛」では顕在的に高い自己評価を持ち、「潜在型自己愛」では潜在的には高い自己評価を持つものの表面的には低い自己評価を示すと指摘されている。

「誇大型自己愛」では「自分に対する肯定的感覚」を維持するために他者の評価に関心を示さずに自己の尊大さをアピールする。一方で「過敏型自己愛」では「自分に対する肯定感覚」を維持するために絶えず他者の評価を気にして自己の否定的な評判がないかなどをチェックすることを通して、何とか「自己評価が低まらないように努めている」とされる。

「過敏型自己愛」の場合は他者にどう思われているのかについて過度に神経を使うので表面的には自己愛的な誇大さや自己顕示欲は影を潜める。

「誇大型自己愛」と自尊心は似た概念であり、「過敏型自己愛」と自尊心は異なる。

「過敏型自己愛」における優越感・有能感が他者比較を前提したものであるのに対して、「誇大型自己愛」と自尊心における優越感・有能感は他者比較が必要ないことを明らかにされている。

自尊心では「ありのままの自分を愛せる」のに対して、自己愛では「ありのままの自分を愛せない」という状況が生じることで「現実ではない幻想を愛する」自己愛性パーソナリティ障害となる可能性がある。

正常自己愛の発達障害が自己愛性パーソナリティ障害の本態であり、自己愛の病理は顕在型と潜在型という2つのタイプに分けられる。

自己愛性パーソナリティ障害を顕在型である「無関心型」と潜在型である「過敏型」の2つに分けたアメリカの精神科医 Glen Owens Gabbard先生の分類は広く受け入れられている。

「無関心型」の自己愛性パーソナリティ障害は「誇大型自己愛」によって引き起こされ、「過敏型」の自己愛性パーソナリティ障害は「過敏型自己愛」によって引き起こされる。

DSM-5の診断基準では「誇大型自己愛」によって引き起こされる「無関心型」の自己愛性パーソナリティ障害を正確に記述しているので、臨床的には「無関心型」の自己愛性パーソナリティ障害が「自己愛性パーソナリティ障害」とされており、同一の感情的・認知的特徴と精神力動を有する「過敏型」の自己愛性パーソナリティ障害が無視されているという指摘がある。

「過敏型」の自己愛性パーソナリティ障害の患者は周囲の人が自分にどういった反応をするかに非常に敏感で、絶えず人に注意を向けている。批判的な反応にはとても過敏であり、容易に侮辱されたと感じる。認知の歪みによって「批判的な反応をされた」と感じると、相手に悪意を持って反撃する。その方法は、例えば相手を無視してまるで存在していないように扱うというような形で現れる。患者はこのとき「自分は特別なので何をしても許される」というように考えており、相手を見下して軽視することで自己愛を保とうとしているのである。このような潜在型である「過敏型」の自己愛性パーソナリティ障害の患者が行う「自己愛を保つための行動」は、顕在型である「無関心型」の自己愛性パーソナリティ障害の患者が行う「自己愛を保つための行動」に比べて目的が判然とせずに分かりにくく、このために潜在型である「過敏型」の自己愛性パーソナリティ障害は回避性パーソナリティ障害と誤診されてしまうことがあるのだと考えられる。

また、患者は人に非難されたり欠点を指摘されることを恐れ、社会的に引きこもることで葛藤を避けようとする。自分は拒絶され軽蔑されるだろうと確信しているために、注目を浴びることを常に避ける。

「過敏型」の自己愛性パーソナリティ障害の患者が典型的な「無関心型」の自己愛性パーソナリティ障害の患者と異なって、慎み深くときに深く共感的に見えることがあるが、それは巧妙な「操作性」から生じる「他者に純粋な関心があるように見せかけたい」という願望を取り違えているだけである。患者にとっては患者の思い通りに周囲に見せかけることが何よりも大切であり、その行動は患者の「操作性」から生じるもので「思いやり」から生じているものでは全くない。実際には共感性は欠如しており、一般的な理解を得られない行動をするので持続的な人間関係を持つことは出来ない。患者は 『自分は特別であり何事においても優先される存在であると思っている』ので、例えば友人の予定を自分の予定よりも優先するというようなことはできない。患者は自分と関わりのある人間さえも思いやることができないばかりか時には自分の自己愛を保つために貶めたり利用してしまうことで、 患者自身の生活や患者と関わる人間の生活に影響が出てしまうのであるが、患者はそれを認知できない。患者は精神発達上の問題により全体対象関係が優勢とならずに部分対象関係が色濃く残っている。このために患者は自分の非を全く認知せずに全ての非を相手のせいにして、悪意を持って患者と関わる人間を貶めることで『自分は特別であり何をしても許される』という自己愛を保とうとすることがある。

「過敏型」の自己愛性パーソナリティ障害の患者は表面的には自分のことを恥ずかしがり屋で自己主張ができない人間として周囲にみられていると考えている。しかし、潜在的な内的世界には「誇大的な自己像」が隠されている。このために「自己像のギャップ(自分の思う自己像と他者から見た自己像が異なる)」→「自己像の不安定性(内的にも理想自己と恥ずべき自己が揺れ動き自己像が安定しない)」→「自分がないという同一性の拡散(自分とは何なのか、どうしたらいいのか分からなくなる)」→「自己表出不全(他者に対して過度に抑制的となり自然に自己主張できなくなる)」という経過を辿り、「他者に対して自己をありのままに表出することが難しい状態」である自己不全感となる。

アメリカの精神科医 Glen Owens Gabbard先生は潜在型の自己愛性パーソナリティ障害の患者は回避性パーソナリティ障害や社交不安障害と多くの点で関連していることを指摘している。また、DSM-5においては顕在型の傲慢なタイプは自己愛性パーソナリティ障害と診断されるが、潜在型の過敏なタイプは回避性パーソナリティ障害と診断されてしまうことが少なくないと述べている専門家もいる。これらは精神力学的には自己愛の障害という点で同じものであるので、診断基準も大事であるが回避性の背景にある自己愛性の問題の構造を見通す眼が必要とされる。

107E45:20歳の男性.大学を休んでいることを心配した母親に伴われて来院した.大学3年生の6月から半年間休んでいる.昼夜逆転の生活を送っているが、趣味のバンドの練習には週に3日参加している.礼節は保たれ、服装も整っている.「大学には行っていないけど、これといって嫌なことがあるわけじゃない.バンドは楽しいけど、逃げているだけのようにも思う.将来のことを考えると、自分がどうしたらいいのか分からない.」と語った.思考はまとまっており、抑制はみられず、静穏である.身体診察では異常所見を認めない.
最も考えられるのはどれか.

出典:第107回医師国家試験問題

第107回医師国家試験の問題および正答について|厚生労働省
第107回医師国家試験の問題および正答について紹介しています。
  1. うつ病
  2. 統合失調症
  3. 社交不安障害
  4. 全般性不安障害
  5. 自我同一性形成の障害

解答:5.自我同一性形成の障害

解説:自我同一性とは青年期に獲得されるものでアイデンティティともいう。簡単に言うと「自分が自分であるという感覚」であり、自我同一性がないと「本当の私が分からない」というようになる。

自我同一性の病理は「同一性拡散」または「同一性の不確実性」といわれる。

「本当の自分が分からない」ので「自分がどうしたらいいのか分からない」ようになるし、意見を聞かれても「自分が何を言えばいいのか分からない」のである。

パーソナリティ障害などで自我同一性形成の障害が見られるが、自我同一性形成の障害だけでは病的な精神疾患ではない。

回避性パーソナリティ障害

拒絶や批判や屈辱を受けるリスクを伴う社会的状況や交流を回避することを特徴とする。

強い自己不全感を抱いており、自分が傷つく可能性がある全ての状況を回避しようとする。

生まれつきの恐怖を感じやすい「気質」や小児期の拒絶・疎外体験が発症に寄与している可能性があるとされる。

回避性パーソナリティ障害の患者は安心感と確実性を必要とするので限定的な生活習慣となることを避けられない。

回避行動や回避の言い訳は一般常識的には受け入れられないものなので患者は比較的孤立する傾向がある。

しかし、患者にとっての恐怖は一般常識では理解し難いほど強烈であるので周囲の人間はそれを把握して理解を示すことが重要である。

患者に率直に要求を表現させる「自己主張訓練」で自己評価を改善させることが回避性パーソナリティ障害の寛解につながる。

回避性パーソナリティ障害は「過敏型」の自己愛性パーソナリティ障害と社交不安恐怖症と同じスペクトラム上にあるといわれている。

患者がたとえ表面上は「否定的な自己像」を呈していたとしても、患者の巧妙な「操作性」と内に秘めた「誇大な傲慢性」が明らかになった場合には、精神科医 Gabbard先生などの専門家が言及しているように「過敏型」の自己愛性パーソナリティ障害として診断するべきだと思われる。このような患者は自分が周りにどう思われているかなどあらゆることを「操作」することで、ある意味で「自分が上である」という歪んだ認知を持って自己愛を保とうとしているのではないかと推察できるからである。回避性パーソナリティ障害の患者は外的にも内的にも「否定的な自己像」を持っているが、「過敏型」の自己愛性パーソナリティ障害の患者は外的には「否定的な自己像」を呈するのに対して内的には「傲慢な誇大的な自己像」を持っているという違いがある。「過敏型」の自己愛性パーソナリティ障害の患者は『自分は特別であり何事においても優先される存在であると思っている』ため他者を思いやるという共感性が欠如しており、周囲の人間は患者と深く関わると徐々に患者が第一印象と全くもって異なるという違和感に気づく。なぜなら、第一印象は患者が「操作」して植え付けたものであり、実際の患者とはかけ離れたものだからである。

全く自分に関係ない他者を思いやることができないという人間は世の中に多く存在し、それ自体は別に病気でもなんでもない。なぜなら、自分に関係ある人間を思いやることさえできれば誰の生活にも直接的な影響が生じることはないからである。

「過敏型」の自己愛性パーソナリティ障害の患者が病気、すなわちパーソナリティ障害として診断されるべきなのは、患者が「自分は変わっていて特別であり何事においても優先される存在である」という自身の自己愛を保つことを何よりも大切なものとして優先してしまうからである。このために、自分に関係ある家族や友人さえも思いやることができないばかりか時には自分の自己愛を保つために貶めたり利用してしまうことで、患者自身の生活に影響が出てしまったり患者と関わる人間の生活に直接的な影響が出てしまうからである。

回避性パーソナリティ障害と「過敏型」の自己愛性パーソナリティ障害の鑑別

『Interpersonal Analysis of Grandiose and Vulnerable Narcissism(2003)』でDickinson先生とPincus先生は「過敏型」の自己愛性パーソナリティ障害が回避性パーソナリティ障害と誤診されてしまうことが少なくないと指摘している。そこで誤診が生じる理由と鑑別についてまとめた。

回避性パーソナリティ障害と「過敏型」の自己愛性パーソナリティ障害の共通点

周囲の人が自分にどういった反応をするかに非常に敏感で、絶えず人に注意を向けている。批判的な反応にはとても過敏であり、容易に侮辱されたと感じる。

対人的関係を行う際の恐怖心を持つ。

社会的な関係を開始して維持する自信の欠如を持つ。

自己が明らかになった際に相手に失望される恐怖と羞恥心を持つ。

ただし、どちらも実のところは他者に心から受け入れられたいという願望を持っている。

回避性パーソナリティ障害と「過敏型」の自己愛性パーソナリティ障害の相違点

回避性パーソナリティ障害の患者は外的にも内的にも「否定的な自己像」を持っているが、「過敏型」の自己愛性パーソナリティ障害の患者は外的には「否定的な自己像」を呈するのに対して内的には「傲慢な誇大的な自己像」を持っているという違いがある。

このため「過敏型」の自己愛性パーソナリティ障害の患者は回避性パーソナリティ障害の患者と異なって、尊大な傲慢性を持ち他者からの賞賛を必要とする。

「過敏型」の自己愛性パーソナリティ障害が回避性パーソナリティ障害と誤診されてしまう理由

「過敏型」の自己愛性パーソナリティ障害の患者は外的には自分のことを恥ずかしがり屋で自己主張ができない人間として周囲にみられていると考えているが内的には『自分は特別であり何事においても優先される存在であると思っている』。

このために「過敏型」の自己愛性パーソナリティ障害の患者は回避性パーソナリティ障害の患者と異なって「自己愛を保つための行動」をしてしまうのがポイントである。

例えば、認知の歪みによって「批判的な反応をされた」と感じると自己愛を傷つけられたことになるので相手に悪意を持って反撃する。その方法は、例えば相手を無視してまるで存在していないように扱うというような形で現れる。患者はこのとき「自分は特別なので何をしても許される」というように考えており、相手を見下して軽視することで自己愛を保とうとしているのである。

ただし、「無関心型」の自己愛性パーソナリティ障害の患者が行う「自己愛を保つための行動」に比べて「過敏型」の自己愛性パーソナリティ障害の患者が行う「自己愛を保つための行動」は目的が判然とせずに分かりにくく回避性パーソナリティ障害の患者と行動が似てしまう。

このために「過敏型」の自己愛性パーソナリティ障害は回避性パーソナリティ障害と誤診されてしまうことがある。

誤診しないためには回避性の背景にある自己愛性の問題の構造を見通す眼が必要とされる。

回避性パーソナリティ障害と「過敏型」の自己愛性パーソナリティ障害の鑑別の重要性

回避性パーソナリティ障害の場合は不利益を被るのは主に患者自身のみであるが、「過敏型」の自己愛性パーソナリティ障害の場合は被害を受けるのは患者自身と患者と関わる人間であるという違いがある。

周囲の人間を巻き込むという観点からすると、「過敏型」の自己愛性パーソナリティ障害の方が悪質であり早期の治療が望まれる。

「過敏型」の自己愛性パーソナリティ障害の患者は「自分は変わっていて特別であり何事においても優先される存在である」という患者自身の自己愛を保つことを何よりも大切なものとして優先してしまう。このために、自分に関係ある家族や友人さえも思いやることができないばかりか時には自分の自己愛を保つために貶めたり利用してしまうことで、患者自身の生活に影響が出てしまったり患者と関わる人間の生活に直接的な影響が出てしまう。

また、境界性人格構造や自己愛病理に関する精神分析理論によって広く知られている精神科医 Otto Friedmann Kernberg先生は『自己愛性パーソナリティ障害の患者の自己愛を防衛するための機序が境界性パーソナリティ障害のものと類似している』ことを指摘している。

つまり、「過敏型」の自己愛性パーソナリティ障害の患者は境界性パーソナリティ障害の患者のような『理想化とこき下ろしとの両極端で揺れ動く激しい対人関係』を行うことがあり、患者と関わる人間を疲弊させてしまうことがある。

まとめ

ある程度の利己心と自己への愛は病的ではないばかりか、精神的健康にとって良い素晴らしいものである。

しかし、利己心や自己愛が制御できないものほど大きくなってしまうと自己愛性パーソナリティ障害を発症してしまう。

【精神力動的精神医学 その臨床実践 第5版(DSM-5準拠)】で著者のGabbard先生は
『自己愛性パーソナリティ障害患者を治療することは治療者にとって大きな挑戦である。しかし、治療するだけのやりがいはある。なぜなら、治療することで患者は他者に対して多少は共感できるようになったり、自己を見直すことができるので、患者は人生の後半の大部分を生きやすくなり救ってあげることができるからである。』という言葉で【第16章:B群パーソナリティ障害 自己愛性】の最後を締めている。

自己愛性パーソナリティ障害の診断は難しいし治療も困難である。自己への愛の大きさの適正は定量的に測れるものではないのに加えて、人によって異なるからである。

たんに自分勝手な傲慢な人物をそのように診断して治療するのは偽善にもなりかねない。その人物が脆弱な自尊心を保つためにそのような傲慢な行動をとってしまうならば自己愛性パーソナリティ障害と診断すべきだが、その人物が本人の実績などに裏付けられた高い自尊心によって「ありのままの自分を愛している」場合には自己愛性パーソナリティ障害と診断すべきではないかもしれないからである。その人物がその特性ゆえに生きづらさを感じているかどうかというのも重要なポイントであり、これは他者が決められるものではないということを認知することで偽善となるのを防止できる。

また、自己愛性パーソナリティ障害の患者の将来を良くしようと思って最善の治療を患者に行いたいという気力は湧かないかもしれない。自己愛性パーソナリティ障害の患者を実際に目の当たりにした際に受ける心証はあまり良くないと予想できるからである。

だがしかし、もしも精神科医になって自己愛性パーソナリティ障害の患者の治療をすることになった場合には、自分が治療をすることでストレスを感じたとしても、Gabbard先生の言葉を思い出して患者の将来を救うためにめげずに治療にあたりたいと筆者は考える。

参考文献

社交不安障害の診断と治療:https://journal.jspn.or.jp/jspn/openpdf/1170060413.pdf

パーソナリティ障害特性における被拒絶感が自己認知および他者からの評価に対する欲求に及ぼす影響:https://www.jstage.jst.go.jp/article/personality/23/3/23_142/_pdf

自己の性格特性の判断にかかわる課題の選好を規定する要因の検討:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpsy1926/66/1/66_1_52/_pdf

パーソナリティ障害傾向とアタッチメント・スタイルとの関連:https://www.jstage.jst.go.jp/article/personality/25/2/25_112/_pdf/-char/ja

境界性・依存性・回避性パーソナリティ間のオーバーラップ
とそれぞれの独自性:https://www.jstage.jst.go.jp/article/personality/22/2/22_131/_pdf

ダン・J・スタイン(編著)島悟、高野知樹、荒武優(監訳). 不安障害臨床マニュアル. 東京:日本評論社 二〇〇七.

大学生の自己愛的甘えと誇大型・過敏型自己愛傾向との関連:HPR_12_127.pdf (hiroshima-u.ac.jp)

青年期における自己愛の構造と発達的変化の検討:_pdf (jst.go.jp)

対人恐怖と自己愛との関係に関する再整理の試み:81001010.pdf (kobe-u.ac.jp)

「過敏型」自己愛傾向と自己不全感および空虚感との
関連: p135.pdf (kyushu-u.ac.jp)

Two Faces of Narcissism:psp6140590.tif (scottbarrykaufman.com)

[精神力動的精神医学 その臨床実践 第5版(DSM-5準拠)]
グレン・O・ギャバード著 奥寺崇 権成鉉 白波瀬丈一郎 池田暁史 監訳
第16章:B群パーソナリティ障害 自己愛性
第19章:C群パーソナリティ障害 強迫性 回避性 依存性

[マスターソン パーソナリティ障害]
著:ジェームス・F•マスターソン
訳:佐藤美奈子 成田善弘

心身症における不安の精神病理:_pdf (jst.go.jp)

記憶障害の臨床:19_230 (jst.go.jp)

社交不安障害(社交不安症)の認知行動療法マニュアル(治療者用):https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12200000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu/0000113841.pdf

コメント

タイトルとURLをコピーしました