神経系を構成する細胞について
神経細胞(ニューロン)の構造と跳躍伝導と脱髄
神経細胞(ニューロン)は細胞体(cell body=soma)と神経線維(nerve fiber)から構成される。
神経線維には髄鞘を持つ有髄神経線維と髄鞘を持たない無髄神経線維がある。
末梢神経系ではシュワン細胞が髄鞘を形成しているのに対して、中枢神経系ではオリゴデンドロサイト(希突起膠細胞)が髄鞘を形成している。
細胞体には神経細胞核(cell nucleus)がある。
中枢神経内において神経細胞体が集まっている場所を灰白質と呼び、神経線維が集まっている場所を白質と呼ぶ。
神経線維は軸索(axon)と髄鞘(myelin sheath)を総称したものである。
髄鞘は絶縁体(insulator)として働き、髄鞘化された軸索では活動電位はランビエ絞輪(Nodes of Ranvier)の部分のみを飛ばし飛ばしに伝わる。このようにして髄鞘は跳躍伝導(saltatory conduction)を可能にして伝導速度を上昇させる役割を果たしている。
様々な原因によって髄鞘が破壊されることを脱髄(demyelination)という。
グリア細胞:Glial cell(神経膠細胞)
神経膠細胞とも呼ばれ神経系を構成する神経細胞ではない細胞の総称であり、ヒトの脳では細胞数で神経細胞の50倍ほど存在すると見積もられている。
シュワン細胞が唯一末梢神経系に存在するグリア細胞であり、それ以外のグリア細胞は中枢神経系に存在する。
オリゴデンドロサイト:Oligodendrocyte(希突起膠細胞)
オリゴデンドロサイトは中枢神経系に存在するグリア細胞で軸索に巻き付いて髄鞘を形成および巻き付いた神経細胞の維持と栄養補給の機能を持つ。
アストロサイト:Astrocyte(星状膠細胞)
脳を有害物質から守る血液脳関門(blood-brain barrier)を構成しており、過剰なイオンや伝達物質を速やかに除去することで神経細胞の生存と働きを助けている。
ミクログリア:Microglia(小膠細胞)
中枢神経系の免疫担当細胞であり、食作用を示す。ミクログリア(小膠細胞)以外のグリア細胞は全て外胚葉由来であるのに対して、ミクログリア(小膠細胞)は唯一中胚葉由来であることは重要なポイントである。
上衣細胞:Ependymal cell
上衣細胞は脳室の壁を構成する上皮細胞であり、血液脳脊髄液関門(Blood-CerebroSpinal Fluid Barrier:BCSFB)の実体を形成している。
シュワン細胞:Schwann cell
シュワン細胞は末梢神経系に存在するグリア細胞で軸索に巻き付いて髄鞘を形成する。
中枢神経系脱髄性疾患
多発性硬化症(Multiple Sclerosis:MS)
オリゴデンドロサイトが形成する髄鞘を構成しているミエリン塩基性蛋白が細胞免疫主体の自己免疫的機序で攻撃されることによって引き起こされる。
髄鞘が直接攻撃されて一次的な脱髄が生じる。
女性に多く20~40歳で発症のピークを迎える。また、欧米の白人に多く見られるという人種差がある。
病変の寛解と再発を繰り返しする時間的多発性(dissemination in time)と脳・脊髄・視神経という様々な部位に病変を生じる空間的多発性(dissemination in space)から多発性という名前がきている。
多発性硬化症の検査所見
脳MRI
脳MRIで側脳室周囲の大脳白質の部分にT2強調像で高信号を示す多発した楕円形の病変(ovoid lesion)を認める。
脊椎MRI
脊椎MRIでは1椎体以下の病変が多く、2椎体を超えることは少ない。
脳脊髄液検査
脳脊髄液で50/μL以下の軽度のリンパ球(単核球)優位の細胞数増加と軽度の蛋白増加を認める。
視覚誘発電位検査
脱髄性疾患では感覚刺激に対する伝導の障害が起きるので、外部刺激に対する反応として観察できる誘発電位(誘発脳波)を検査する。生体脳から自発的に出る脳波(自発脳波)を検査する脳波検査と違いを区別しておく。
多発性硬化症に対しては体性感覚誘発電位(SEP)や視覚誘発電位や聴覚誘発電位などの誘発電位(誘発脳波)を捉える検査が有用な検査となる。
オリゴクローナルバンドとIgG index
IgG indexとオリゴクローナルバンドは脳脊髄液中(中枢神経)で特異的に抗体が産生されているかどうかを調べる検査である。
どちらも根幹は髄液中と血中のIgGを比べることで、髄液中のIgGが有意に増加していた場合に脳脊髄液中(中枢神経)でIgGが産生されていることを確認するという方式になっている。
多発性硬化症では脳脊髄液中(中枢神経内)でIgGが産生されるためIgG indexとオリゴクローナルバンドはどちらも陽性となる。
一方で、視神経脊髄炎では末梢血中でIgGが産生されるためIgG indexとオリゴクローナルバンドはどちらも陰性となる。
つまり、疾患ごとにIgG産生場所が異なるということを利用して鑑別しているのだが、どちらの疾患もどのようにしてIgGが産生されるかということは未だ全く不明であるため、結果だけ覚えたら良いのではないかと考えられる。
多発性硬化症は細胞免疫主体の病態だとされているが液性免疫の関与も指摘されており、これを反映したものがオリゴクローナルバンドとIgG indexの陽性である。また、視神経脊髄炎が液性免疫主体の病態であるのにも関わらずオリゴクローナルバンドとIgG indexが陰性となるのは上記の理由である。細胞免疫主体の病態である多発性硬化症が陽性となって、液性免疫主体の病態である視神経脊髄炎が陰性となるのがややこしい。
オリゴクローナルバンド
オリゴクローナルバンドとは髄液中に特異的なIgG産生が血中と比べたときに「バンド」として検出されるものである。
IgG index
IgG indexはIgG濃度をアルブミン濃度で除したもので髄液中と血中を比べる。これはアルブミンとIgGがどちらも血中から髄液中に一定の割合で血液脳髄液関門(blood-CSF barrier)を通り抜けて移行することに加えてアルブミンは肝臓でのみ産生されて中枢神経内では産生されないので、IgGが中枢神経内で産生されているかどうかを判断する際に対比するための指標となるのである。ちなみにアルブミン髄液中濃度をアルブミン血中濃度で除して算出した比をQAlbと呼び、この値は血液脳髄液関門(blood-CSF barrier)の破綻度合いの指標となる。例えば、QAlbが上昇すると血液脳髄液関門が破綻する髄膜炎などが鑑別に挙がる。
多発性硬化症の症状
球後視神経炎
多発性硬化症の初発症状は視神経脱髄による球後視神経炎で始まることが多い。
一般的に脳神経は末梢神経だと考えられているが、脳神経のうち視神経と嗅神経は間脳の延長でありオリゴデンドロサイトが髄鞘を形成しているため中枢神経系の特徴を備えている。
視神経の炎症性疾患の総称である視神経炎のうち、視神経乳頭腫脹をきたすものを視神経乳頭炎と呼び、初期には視神経乳頭に異常を認めないものを球後視神経炎と呼ぶ。
視神経炎では視力低下をきたし、眼球運動痛を伴い、対光反射障害を呈する。
中心暗点・盲中心暗点
視神経炎では黄斑部への視神経線維である乳頭黄斑線維が障害されることが多い。
視力の中心を司る黄斑が障害されて中心暗点が生じる。
中心暗点が盲点と連結して盲中心暗点が生じることもある。
耳側視神経乳頭蒼白化
時間経過とともに視神経は萎縮していくため視神経乳頭は蒼白化する。特に乳頭黄斑線維が萎縮するので耳側の蒼白化が起こりやすい。
MLF症候群
内側縦束(Medial Longitudinal Fasciculus:MLF)は方向注視時の指令伝達を司る神経路であり橋に存在する。外転神経核と動眼神経核を繋ぎ、両眼を1つの方向注視指令で動かすことを可能にしている。
内側縦束の障害では病変側の眼球の内転ができないが輻輳(いわゆる寄り目)は可能であるという特殊な眼球運動の状態となり、MLF症候群(内側縦束症候群)と呼ばれる。
MLFは外転神経核と動眼神経核の間にあることから核間性眼筋麻痺とも呼ばれる。
輻輳時には信号はMLFを介さない別の経路をとり内直筋に送られるので、正常側と病変側はどちらとも内転することができる。
MLF症候群では横に何かを知覚して見ようとする反応が生じても片眼(正常側)は外転するが、もう片眼(病変側)は内転できないということになる。また、このようになった場合には左右の視線がずれて複視をきたすので、外転した側の眼は複視を避けるために正中位に戻ろうとして眼振を生じる。
Lhermitte徴候
頸部を前屈すると電撃痛が背中から手足にまで放散するものを指す。
頸髄が圧迫された際に脱髄部位に神経伝導インパルスの異常伝播が起こることが原因だとされている。
Uhthoff徴候
長風呂や運動などによって体温が上昇すると神経症状が悪化してしまう。
これは一時的なものであり、体温の低下によって元に戻る。
有痛性強直性痙攣
手足が強直して動かせなくなり、痛みを伴うもの。
脱髄部位に異常興奮が生じた結果として起こる。
ちなみに馴染みのある強直性痙攣として「こむらがえり」がある。
異常感覚(帯状絞扼感)
感覚神経が障害されて痺れなどが生じる。
胸髄で脱髄が起きた場合は、胸部に下着のガードルで締め付けられるような帯状絞扼感(girdle sensation)を認める。
錐体路徴候
随意運動麻痺(脱力・筋力低下)・痙性麻痺を認める。
膀胱直腸障害
脊髄の損傷が起こるため、膀胱および直腸を支配している神経が影響を受ける。
精神症状
前頭部が脱髄すると前頭部機能障害が生じて多幸症やうつ症状が起こる。
多発性硬化症の治療
まず行うべき治療はステロイドパルス療法である。
再発予防にはインターフェロンβ(IFN-β)が有効となる。
多発性硬化症に対するインターフェロンの作用機序は未だ明らかになっていないが、ウイルス感染は多発性硬化症の発症や再発の契機になることがあるので、抗ウイルス作用を持つインターフェロンが多発性硬化症の臨床経過に大きな影響を及ぼすとされている。
視神経脊髄炎(NeuroMyelitis Optica:NMO)
アストロサイトのアクアポリン4(AQP4)を抗AQP4抗体(NMO-IgG)が液性免疫主体の自己免疫学的機序で攻撃することによって引き起こされる。
アストロサイトは障害されると好中球を呼び寄せて中枢神経系に浸潤させて高度な炎症を引き起こすために二次的な脱髄が生じるとされている。
重度の視神経炎と横断性脊髄炎を特徴とする疾患であり、多発性硬化症(MS)との違いが長年議論されてきた。違いとしては、
急性散在性脳脊髄炎(ADEM)
末梢神経系脱髄性疾患
自己免疫性末梢神経系脱髄性疾患
自己免疫学的機序によって末梢神経系が攻撃されて脱髄してしまう疾患群である。
典型的な患者の主訴は両下肢から始まる上行性の筋力低下(脱力)としびれである。
検査所見としては脳脊髄液検査で蛋白細胞解離、身体所見で腱反射低下~消失、運動神経伝導速度検査で伝導速度低下・伝導ブロック・時間的分散を認める。
Guillain-Barré症候群(ギラン・バレー症候群)
末梢神経の髄鞘や軸索の構成成分であるガングリオシドに対する抗ガングリオシド抗体が先行感染を契機として産生されたことが原因となる。
カンピロバクター感染が前駆となることが多く、下痢・悪心の約1週間後に発症する。
急性一過性の経過となり、1ヶ月以内に症状はピークを迎える。
髄鞘が障害される脱髄型と軸索が障害される軸索型がある。脱髄型の方が軸索型よりも予後が良好である。
下位運動ニューロン障害となるので弛緩性の運動麻痺(下肢から上肢に進む)や深部腱反射の低下〜消失が見られる。また、脳神経は一般的に末梢神経であるので顔面神経麻痺や球麻痺が起こりやすい。重症例では呼吸筋麻痺が見られる。
治療は免疫グロブリン大量静注療法(第一選択)と血漿交換療法が適応となる。
免疫グロブリン大量静注療法では献血された血液から免疫グロブリンを精製して投与する。これは自己抗体を打ち消す効果がある。
血漿交換療法では血漿中の自己抗体を体外で取り除いてから体内に戻す。
急性の経過のため発症時には既に大量のガングリオシド抗体が作られている。その段階で副腎皮質ステロイドを投与しても効果が発揮されないので副腎皮質ステロイドは無効となる。
Fisher症候群
筋力低下(脱力)よりも複視と歩行時のふらつきなどを主訴として訴える。
先行感染を契機として産生された抗GQ1b抗体が引き起こす急性の外眼筋麻痺・運動失調・腱反射消失を三徴とするGuillain-Barré症候群の亜型である。
外眼筋を支配する眼運動神経(動眼・外転・滑車神経)や深部感覚と腱反射を司る末梢神経にGQ1bが豊富に発現していることが原因だとされている。
慢性炎症性脱髄性多発根神経炎
原因不明に自己抗体が産生されるため先行感染エピソードを伴わない。
緩徐進行性の経過となり、2ヶ月以上にわたって筋力低下が進行する。
治療は副腎皮質ステロイド投与と免疫グロブリン大量静注療法が適応となる。
慢性の経過のため副腎皮質ステロイドは有効となる。
自己免疫性末梢神経系脱髄性疾患の検査
運動神経伝導速度検査
末梢運動神経に電気刺激を与えてポイント間の複合筋活動電位(M波)が生じるまでの時間の差で
距離の差を除することによって神経伝導速度を算出する。
神経伝導速度は髄鞘が司っているため、神経伝導速度が低下していることは脱髄を示す。
また、複合筋活動電位(M波)のポイント間での形状の違いを確認する。
伝導ブロック
脱髄の程度が大きいと神経伝導が止まってしまい活動電位として反映されなくなる。
これを伝導ブロックと呼び、近位から刺激するほど複合筋活動電位(M波)の振幅が低くなる。
時間的分散
脱髄の程度によって個々の神経の伝導速度によりバラつきが生じてくる。
これを時間的分散と呼び、近位から刺激するほど複合筋活動電位(M波)の裾野が広がる。
ALSや軸索損傷では神経伝導速度正常
軸索損傷やALSのような運動ニューロン変性疾患では一部の神経の全長が駄目になる。
正常の神経が残るため神経伝導速度自体は正常となるが、一部の神経の全長が駄目になるため全ポイントで複合筋活動電位(M波)が等しく低下する。
脳脊髄液検査で蛋白細胞解離
髄膜に炎症が生じると髄膜の透過性が亢進して血中から髄液中に蛋白質(アルブミン)と細胞が流れ込む。
このように髄液中の蛋白質濃度が上昇すると通常は細胞数も増加する。
しかし、自己免疫性末梢神経系脱髄性疾患では蛋白質は通過させるが細胞は通過させない程度に髄膜の透過性が亢進するという特殊な状態となる。
つまり、髄液中の蛋白質濃度が上昇するのにも関わらず細胞数は増加しない。
この状態を蛋白細胞解離と呼び、自己免疫性末梢神経系脱髄性疾患の鑑別に用いる。
参考文献
多発性硬化症・視神経脊髄炎診療ガイドライン2017:https://www.neurology-jp.org/guidelinem/msgl/koukasyo_onm_2017_02.pdf
視神経脊髄炎(NMO)の治療をめぐって:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsci/35/2/35_2_129/_pdf/-char/ja
ギラン・バレー症候群に対するリハビリテーション:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jalliedhealthsci/11/2/11_175/_pdf/-char/ja
ギラン・バレー症候群(GBS)/慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチー(CIDP)治療ガイドライン:https://www.jsnt.gr.jp/guideline/img/meneki_4.pdf
Ⅱ.フィッシャー症候群 総論:https://www.neurology-jp.org/guidelinem/gbs/sinkei_gbs_2013_06.pdf
多発性硬化症の病態はどこまでわかったか?:https://www.neurology-jp.org/Journal/public_pdf/048110849.pdf
多発性硬化症の病因と病態:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsnt/33/3/33_466/_pdf/-char/ja
多発性硬化症の研究を通して学んできたこと:https://www.neurology-jp.org/Journal/public_pdf/049110699.pdf
視神経炎と多発性硬化症および視神経脊髄炎:https://www.osaka-med.ac.jp/deps/opt/oldweb/staffonly/pdf/edumail_neuro_01_01.pdf
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